ぼくとやまがた
山形ローカルイベント、トークライブ「ぼくらの世代のドキュメンタリー」を観てきました。大人なんかよりもよっぽど大人な4人の若者に刺激され、改めて、ココで仕事をしている理由を思いなおしました。
概要はこちら→トークライブ「ぼくらの世代のドキュメンタリー」
幅広い世代の山形出身60人のインタビューをまとめた「離れて思う故郷-東京に生きる山形人の群像」(ここから買えます)著者の山川徹さん、ノンフィクション作家の稲泉連(Amazon)さん、写真家の公文健太郎さん(いい写真みられます)(Amazon)、そして、私を招待してくれた、映像作家の斎藤健太さん(進行役)による、20~30才の等身大トーク。
自分よりは少し若く、現実に体当たりして、世の中のことをよく観察している4人。とてもさわやかなトークでしたよ。
タイトルからして「世代」をテーマにしたトークライブのはずが、
「世代とかって一括りにしても、何も見えてこないよね」と、
企画進行ムシの展開(斎藤さんピンチ!)になっていく。
思い込んでいるだけで、「世代」でくくるのって、意味ないよね。
一人ひとり、その人のケースがある。
だから、一人ひとりの言葉を聞くしかない。
その中から、何かの共通項が見つかるかもしれない。
見つからないかもしれない。
何年かかってもやりたいよね、だって、知りたいんだもん。
ということだった、と思う。この人たちが何を知りたがっているのか理解できたわけではないが、自分の仕事にも置き換えてみたりして、楽しく拝聴させていただきました。
プロジェクトが失敗する理由、とか、○○できる○つの方法、とか、
ホンモノは、そんなインスタントではない。この若い4人の方が、
よっぽどホンモノにみえた。
客席は、ご年配のかたの方が多かったでしょうか。都会で働く子供・孫を想ったか、出稼ぎ時代を懐かしんだか、要は、楽しそうでした。
私も東京と山形の対比は体験した身です。
かなしいかな、一度東京に出て山形に戻ると、どうしても「都落ち」「腫れ物」あつかいされるのよね。帰ってきた理由とか聞いてくる人、あんまりいないし。聞いてくれれば熱く語るのにw
逆に言われて困るのは、「おまえは山形が好きなんだなぁ」とか、
「根っからの山形人だなぁ」とか。今も、「こういうエントリを書くのは、山形が大好きだからだろう?」と言いたいヤツもいるかもしれない。
けど私は「山形大好き」とか思っていないので、「いや、別に」と、正直に答える。(正確に言えば、「好きだと思いたい。けど、あんまり・・」)
すると、「またまた~」と、好きなら好きだって言えよ的な、「好きだ」というまで許されない展開に持っていかれる。
あれは、ヒジョーにうざったい。
トークライブは、「じゃあなんでオレは山形に住んでんだ?」と、改めて考えるきっかけになりました。
私にとっての山形は、
「田舎で個人事業のSIerが成立するか否か」の実験場。
この表現が、一番しっくりくる。山形に根ざしている、というよりは、山形に単身赴任している、という感覚かも。故郷というより、職場。
なぜ山形? 「東京で働く俺」の代わりは五万といるから。
いいかえると、「山形で働く俺」の代わりはそんなにいないから。
さらにいいかえると、東京より山形の方が、キャラが立つから。
なぜ個人? 小規模事業と取引したいから。
いいかえると、金持ちは、ほっとけばいいから。
さらにいいかえると、働く理由を実感したいから。
なぜシステム屋? 若者が興味を持ってる分野だから。
いいかえると、若者が東京に出る必要なんてナイと言いたいから。
さらにいいかえると、
「東京への集中って、集団幻覚(ビョーキ)かもね。」
2年前と、言ってることが同じだな。ブレていないのか、成長していないのか・・実験はいつか終わるのか?若い4人同様、やり続けるしかないのかもしれません。

